Life of Harriet Beecher Stowe by Harriet Beecher Stowe

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By Ava Marino Posted on Dec 26, 2025
In Category - Geographic History
Stowe, Harriet Beecher, 1811-1896 Stowe, Harriet Beecher, 1811-1896
English
Ever wonder about the real story behind the woman who wrote 'Uncle Tom's Cabin'? This isn't just a biography—it's a front-row seat to the personal struggles, family drama, and intense faith of Harriet Beecher Stowe. She was a preacher's daughter who became the most famous author in America overnight, and this book shows you the heavy cost and incredible courage behind that fame. It’s a story about how one person’s words can shake a nation, and the private life that fueled that fire.
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Produced by Kiyotoshi Hayashi Produced by Kiyotoshi Hayashi Title: 苦悶の欄(Kumon no ran) Author: Earl Derr Biggers Translator: 林清俊(Kiyotoshi Hayashi) Character set encoding: UTF-8 苦悶の欄 アール・デア・ビガーズ 第一章 二年前の七月、ロンドンの猛暑はほとんど我慢の限界をこえていた。いまか ら思えば当時の焼けつく大都市は、拷問部屋へつうじる控えの間のごとき役割 をはたしていたのかもしれない。つまり世界大戦という地獄のおとずれにむけ て不充分ながら下準備をととのえていたわけである。セシル・ホテルのそばに たつ、ドラッグストアのソーダ水売り場には大ぜいのアメリカ人観光客がたむ ろし、母国で売られているのとおなじソーダやアイスクリームにほっと息をつ いていた。ピカデリーの喫茶店のあけはなたれた窓からは、イギリス人が涼を もとめて何クォートもの熱いお茶を飲んでいる姿が垣間見られたかもしれない。 これは彼らがかたく信じるパラドキシカルな消夏法なのである。 一九一四年、あの忘れもしない年の七月二十四日、金曜日朝九時頃、ジェフ リー・ウエストはアデルフィ・テラスのアパートを出て、朝食を食べにカール トン・ホテルヘむかった。彼は、その堂々たるホテルの朝食室がロンドンでも っともすずしく、さらになんの奇跡か、季節はずれというのにまだイチゴが食 べられることを見出したのだ。質実なイギリスの汗を浮かべる質実なイギリス 人の顔にとりかこまれて、混雑するストランド街を歩いているとき、彼はニュ ーヨークのワシントンスクエアにある自分の部屋をしきりに恋しく思った。と いうのもウエストはジェフリーというイギリス風の名前にもかかわらず、生ま れ故郷のカンサスとおなじくらい生粋のアメリカ産で、そのときはさしせまっ た用事のためにイギリスに滞在していただけなのだ。はるかなるがゆえに妖し くもばら色にかがやく祖国から、遠くはなれたイギリスに。 カールトン・ホテルの新聞売り場でウエストは朝刊を二つ買った。タイムズ は勉強用、デーリー・メールは娯楽用である。それからレストランへ入った。 ウエストよりもあざやかな金髪の、背の高い、きりりとしたプロイセン人ウエ イターが彼を見ると、機械仕掛けみたいなドイツ的笑みを浮かべて一つうなず き、このアメリカ人がまずほしがることを知っているイチゴの皿を取りにいっ た。ウエストはいつものテーブルにつくとデーリー・メールを開き、お気に入 りの欄を探した。そこに載っている最初の記事を読むと彼はうれしそうににっ こりと笑った。 「わたしをいとしい人と申した方は不誠実な方。手紙もくださらないなんて」 すこしでもイギリスの新聞につうじた人ならウエストがどんな内容に興味を ひかれたか、たちどころに理解するだろう。ロンドンに滞在した三週間のあい だ、彼は日ごとデーリー・メールに載る私事広告を、胸をときめかせながら追 いつづけたのだ。この一連の個人的メッセージは俗に「苦悶の欄」という名で 知られ、長きにわたってイギリスの新聞の名物とされてきた。シャーロック・ ホームズが活躍したころはタイムズ紙上でこれが大人気となり、多くの犯罪者 がそこになにやら心をそそる奇怪なメッセージを載せては捕まえられた。その 後、テレグラフ紙がこの投稿欄をもうけたが、半ペニーで買える大衆紙の登場 とともに、庶民はこぞってデーリー・メールに鞍がえした。 苦悶の欄には悲劇と喜劇が混在している。あやまちを犯した者には許すから 帰れという勧告が、望まれぬ求婚者には「父は令状を用意したわ。逃げて、あ なた!」という警告が出される。その熱烈さにアベラールとエロイーズも赤面 するような愛も、一語十セントであさらさまに披露され、町のみんなの微笑を 誘うのである。茶色のダービー・シューズをはいていた紳士から、シェパーズ ・ブッシュにて電車を降りた金髪の家庭教師に、情熱をこめて申し上げます、 あなたに心を奪われました。お話しする機会を与えてもらえませんか? お答 えは本欄まで。三週間のあいだ、ウエストはこの手のものを夢中になって読み つづけた。なによりもよかったのは、これらの伝言がどれもこれもあけっぴろ げで無邪気なことだった。最悪の場合、それはたんに世間のならわしをかいく ぐろうとする努力でしかなかったが、こういう開放的なところはイギリス人に はあまりにもまれにしか見られぬ傾向で、もっともっと奨励されてしかるべき ではないかと彼は感じた。おまけにウエストは謎とロマンスに目がなかった。 そしてこの魅惑的な双子はいつもこの投稿欄の上をウロウロしていたのである。 そういうわけで、イチゴを待っているあいだ、彼は「いとしい人」と呼んで くれた男の誠実さを疑うにいたった若い女性の、文法を無視した激しい憤りに にっこりしていたのである。彼はその日の朝の二つ目の記事にうつった。心を 完全に征服されし者より。 「わが愛しき人は眠り給う。豊かな漆黒の髪のご婦人。ビクトリア駅から乗 車し、隅の席に。水曜日の夜。手には演目表。お尋ねに答えた紳士、お近づき を望みます。お返事はこの欄へ。……フランスの王」 ウエストは豊かな漆黒の髪の返事は要注意だと思った。次のメッセージは、 いまやほとんど連日、この欄の目玉となっているアイの抒情詩だった。 「最愛の人よ。大好きなあなたへ優しい愛の祈りを送る。私の願いはただ、 今もこれからも、ずっとあなたと一緒にいることだけ。私の目にはあなたほど 魅力的な人はいない。あなたの名前は音楽だ。命よりもあなたは大切。私の美 しい人、私の誇り、喜び、すべてである恋人よ! 誰を見ても恋敵に見える。 あなたのかわいい手を私と思って口づけをしてくれ。あなただけを愛している。 永遠にあなたの……アイ」 アイは気前がいいなとウエストは思った。一語十セントなのに。それはさら に先のほうに載っているけちな愛人のメッセージとはきわだった対照をなして いた。 「心から愛してる。会いたい。切ない。恋しい」 しかしこのきわめて個人的な伝言は、愛にまつわるものばかりではない。そ こには謎もあった。とりわけ次の水生動物たちの言葉には。 「ふてぶてしい人魚よ。俺のものではない。鰐がおまえに噛みつくぞ。楽し みだ。……最初の魚」 そしてなにやら血なまぐさい警告。 「デュ・ボックス。第一ラウンドで歯をへし折ってやる。終局。忘れられな い経験になるぜ」 この時、ウエストのイチゴが届いた。さすがに苦悶の欄も彼の興味をひきと めることはできなかった。赤いイチゴを食べおわると彼はふたたび読みはじめ た。 「ウオータールー。水曜日十一時五十三分の汽車。タクシーで去りぎわに手 を振ったお嬢さん、灰色のコートの男性に興味ある? ……まじめな男」 もうすこし品のある申し込みもその先に出ていた。 「グレート・セントラル。九日月曜日の朝グレート・セントラル・ホテルの エレベーター内にいらしたボンネットのご婦人、ご紹介を得る機会を切に所望 致します」 その日の苦悶の欄のお楽しみはそれでおしまいだった。ウエストはまじめな 市民にふさわしくタイムズ紙を取り上げ、朝のニュースに目を通した。ダリッ ジ・カレッジの新学長任命に多くの紙面がさかれていた。あの魅惑的なガブリ エル・レイが当事者となった離婚騷動もおなじように注意を引いた。そして重 要ではない紙面の片隅に、いかにも重要ではないという感じで、オーストリア がセルビアに対して最後通牒を送ったという記事が押しこまれていた。ウエス トはこのつまらないニュースを途中まで読みかけたのだが、突然一大警世紙も その記事もどうでもよいインクの染みと化した。 一人の女性がカールトン・ホテルの朝食室の入り口に立っていた。 そう、彼はウィーン発の特電記事にじっくり思いをめぐらせるべきだった。 しかしなんとすばらしい女性だろう! 髪はにぶい金色で、目はすみれ色、な どといっても説明にはならない。おなじような恵みを受けた女はいくらでもい る。それは彼女の物腰だった。すみれ色の目で大ぜいのボーイ長ときらびやか な支配人たちを見る、その優雅な態度。そしてここカールトンであれ、運命が みちびくほかのどんな場所であれ、変わることのないくつろいだ様子。疑いも なく彼女はこの国の人ではなく、アメリカ合衆国の人間だった。 彼女はつかつかとレストランの中を歩いてきた。そして彼女の背景の一部と して、政治家がよく着る黒服をまとった中年紳士も視野に入ってきた。彼もま たまぎれもなくアメリカ人というレッテルをしょっていた。彼女はますますウ エストに近づいて来る。見るとその手にはデーリー・メールがにぎられていた。 ウエストについているウエイターは、自分が椅子をひいて待っているその席 以外は、部屋の中に座るにあたいするテーブルはないということを、それとな く示す天才的な技の持ち主だった。こうして彼は女性とその連れをウエストの 席から五フィートとはなれていない場所に誘いこんだ。そして注文控えをさっ と取り出し、アメリカの劇に出てくる新聞記者のように立ったまま鉛筆をかま えた。 「イチゴがおいしゅうございますよ」と彼は愛想よく言った。 男がどうする? といった目で女性を見た。 「私はけっこうよ、お父さん」と彼女。「イチゴは大きらい。グレープフル ーツをくださいな」 急いでそばを通りすぎるウエイターをウエストが呼びとめた。彼は大きな声 を出し挑戦的な口調で言った。 「イチゴをもう一皿くれたまえ。今日はいつにもましてうまい」 一瞬、まるで風景でも見るかのように、あのすみれ色の目が彼の目に何気な い無感情な視線を送った。それからその目の持ち主は、ゆっくりと、手にした デーリー・メールをひろげた。 「どんなニュースが出てるかね?」グラスの水を一口グイと飲みながら政治 家がたずねた。 「知らないわ」と女性は顔をあげずに答えた。「ニュースより面白いものを 見つけたの。知ってる? イギリスの新聞にはおかしな投稿欄があるのよ。苦 悶の欄っていうの。その伝言がすごいの」彼女はテーブルに身を乗り出して、 「これ、聞いて。『最愛の人よ。大好きなあなたへ優しい愛の祈りを送る。私 の願いはただ、今もこれからも、ずっとあなたと一緒にいることだけ。私の目 にはあなたほど魅力的な人はいない』」 男は落ちつかなげにあたりを見まわした。「やめなさい」彼は頼むように言 った。「みっともないじゃないか」 「みっともないですって!」女性が声をあげた。「あら、わたしはとっても すてきだと思う。気持ちいいくらい開放的で堂々としてるわ。『あなたの名前 は音楽だ。命よりもあなたは大切……』」 「今日はなにを見るのかね」と父親が急いで口をはさんだ。 「シティに行ってテンプル法学院を見るの。サッカレーが住んでいたところ よ。それからオリヴァー・ゴールドスミスが……」 「よしよし、テンプル法学院と」 「それからロンドン塔ね。とってもロマンチックなイメージがいっぱい詰ま ってる。とくにかわいそうな王子たちが殺された血の塔。わくわくしない?」 「おまえがそう言うならな」 「お父さんたら! テキサスに帰ってもお父さんが王様とかそんなものに興 味を示したなんて言わないわ。約束する。今ちょっと興味を示してくれたらね。 さもないと国王ジョージ五世が横を通るとき帽子を取ったって、ひどい噂をば らまいちゃうわよ」 政治家は笑った。関係のないウエストも思わず一緒ににんまりした。 ウエイターがグレープフルーツとウエストの注文であるイチゴを持って戻っ てきた。女性はウエストにはもう一瞥もくれず、新聞を置いて朝ご飯を食べは じめた。しかしウエストは勇気のかぎりをつくしてちらちらと彼女のほうをの ぞき見た。愛国的な誇りを感じながら彼はこう思った。「ヨーロッパに来て六 カ月経つが、そこで目にしたいちばん美しいものが祖国から来た人だとは!」 二十分後、彼がしぶしぶ席を立ったとき、二人の同国人は依然テーブルでそ の日の予定を話し合っていた。そういう場合の常として、女が段取りを決め、 男が同意した。 彼女のほうを最後に一目見て、ウエストはヘイマーケット街の熱せられた舗 道の上に出た。 彼はゆっくりと自分の部屋へ歩いて帰った。仕事が彼を待っていた。しかし 彼は仕事に取りかかるかわりに、書斎のバルコニーに座り、そのアパートを選 んだ最大の理由である中庭をみつめたのだった。この都会のど真ん中にささや かな田舎が運びこまれていた。きれいに刈りこまれ、手入れの行き届いた緑の 田舎。それはイギリスでもっとも彼に満ち足りた気分を与えるものである。ツ タが壁を高くよじ登り、花盛りの花壇のあいだを小径がはしっている。そして 窓のむかい側にはめったに開けられることのない、はなはだロマンチックな門。 座って下を見ていると、真下にあのカールトン・ホテルの女性が見えるような 気がした。彼女は丸太のベンチに座ったかと思えば、彼女の美しさに嫉妬する 花の上にかがみこみ、次の瞬間には灼熱のせわしない都会にむかってその扉を 開く、門のところに立っているのだった。 彼女が決して入ることはないその庭に彼女の姿を見ながら、もう二度と会う ことはないだろうと惨めに思ったとき、その考えが浮かんだのだった。 はじめは馬鹿くさい、とんでもないアイデアだと思って頭を振った。上品だ があまりにも濫用された言葉を使えば、彼女は「レディ」であり、彼はすくな くとも建前としては「ジェントルマン」なのである。彼らのような人間はそん な下品なことはしない。こんな誘惑に屈したら、彼女は驚き、怒り、どこかで、 いつの日か、ふたたび出会うことがあっても、その千載一遇の好機を生かすこ とはできないだろう。 でも、しかし、彼女も苦悶の欄をおもしろがり、しかも「とってもすてき」 だと思っている。彼女の目にはロマンスが大好きであることを示す輝きがあっ た。彼女は人間的で、楽しいことが好きで、なにより心に青春の喜びを持って いる。 馬鹿げている! ウエストは部屋の中に入り、うろうろ歩き回った。そんな ことは非常識だ。しかしそれでも……と彼はにやりとしながら考えた……この アイデアには愉快な可能性がいっぱいあるぞ。それを永遠に棄ててしまって、 このくだらない仕事に取りかからなければならないなんて、あんまりじゃない か! 永遠に棄ててしまう? ううむ…… 次の日の土曜日の朝、ウエストはカールトン・ホテルで朝食を取らなかった。 が、例の女性はそこへ食事にやってきた。彼女と父親が席につくと、父親は「 いつものデーリー・メールだな、持っているのは」と言った。 「もちろんよ!」と彼女は答えた。「これなしでは生きていけないないわ。 グレープフルーツをお願い」 彼女は読みはじめた。まもなくすると頬が紅く染まり、彼女は新聞を置いた。 「どうかしたかね」とテキサスの政治家が聞いた。 「今日は」と彼女は厳しい口調で答えた。「大英博物館に行くのよ。延期す るのはもうたくさん」 父親はため息をついた。ありがたいことに彼はデーリー・メールを見せろと は言わなかった。もしもそうしていたら、私事広告欄の上から四分の一ほどい ったあたりで激怒していただろう。あるいはもしかすると困惑するだけだった かもしれないが。 「カールトン・ホテルのレストラン。金曜日の朝九時。失礼ながら、イチゴ を二皿食べた男性から、イチゴよりグレープフルーツを好むお嬢さまへ。私た ち、共通の友人がいるのでは? それを突き止めるまで夜も眠れません。また お会いしてこの投稿欄を読みながら楽しくお話ししたいと思います」 イチゴ好きの男性が怖気づいてあの朝カールトン・ホテルにいなかったのは 幸いだった! 彼はグレープフルーツをみつめる女性の美しい顔に厳しい断固 とした表情が浮かぶのを見て落胆しただろうから。あまりの落胆に、ただちに レストランを出たかもしれない。かくしてやがて女性の顔にいたずらそうな微 笑が浮かぶのを、そして彼女がふたたび新聞を取り上げ、その笑みを浮かべた まま最後まで投稿欄を読むのを、見ることはなかっただろう。 第二章 次の日は日曜日で、デーリー・メールは休刊である。その日はのろのろと足 を引きずるように過ぎた。月曜日、ジェフリー・ウエストはとてつもなく早起 きをし、通りに出て、お気に入りの新聞を捜した。それを見つけると苦悶の欄 ……それだけを見た。火曜日も希望をすてずにまた早起きした。しかしそこで 希望はついえた。カールトン・ホテルの女性は快く返事をくれなかったのだ。 失敗というわけか、と彼は思った。すべてを賭して大ばくちに出たが、見事 にしくじった。彼女が彼のことを考えるとしても、せいぜい取るに足らぬ道化 者、タブロイド紙の回し者と決めつけるくらいのものだ。彼は十分に彼女の侮 蔑にあたいした。 水曜日は遅くまで寝ていた。デーリー・メールを急いでのぞこうとはしなか った。前日の失望があまりにも大きかったのだ。ひげを剃りはじめてからよう やくアパートの管理人ウオルタースを呼びだし、朝刊を調達してきてもらった。 ウオルタースは高価な宝物を抱えて帰ってきた。というのはその日の苦悶の 欄を、ウエストは白いシャボンを顔につけたまま、喜びにあふれて読んだから である。 「イチゴ男さんへ。お返事を決心したのは、ただグレープフルーツの女性が 優しい心の持ち主で謎とロマンスが大好きだからです。イチゴ狂いさんには七 日のあいだ、毎日一通ずつ手紙を書くことを許します。あなたが面白くて、お 友達にふさわしい人であることを証明してちょうだい。その後のことは……様 子を見てから。宛先はカールトン・ホテル、セイディ・ヘイト気付M.A.L .まで」 ウエストは終日足が地につかなかった。が、夕闇の訪れとともに、手紙の問 題が彼を悩ませはじめた。自分の未来の幸せがまるごとそれにかかっていると 彼は感じた。夕食から帰ってくると、すばらしい中庭を望む、窓ぎわの机にむ かった。日中はいまだ焼けるように暑かったが、夜になるとそよ風がロンドン の熱した頬をあおぐように吹いてきた。風はやさしくカーテンをゆすり、机の 上の紙をかさかさと鳴らした。 彼はじっくりと考えた。すぐさま自分が地位のある立派な人間であり、イヤ になるくらい著名な人たちと懇意にしていることを打ち明けるべきだろうか。 とんでもない! そんなことをしたら、泡がはじけるように、たちまち謎とロ マンスが永遠に消えてしまう。グレープフルーツの女性は一切の興味を失い、 二度と彼の言うことに耳を貸さないだろう。彼はさらさらゆれるカーテンに厳 粛な口調で語りかけた。 「だめだ。謎とロマンスがぜひとも必要なんだ。しかし、どこに……どこに そんなものが?」 上の階から軍靴の硬いどしんどしんという音が聞こえてきた。近所付き合い をしている英国インド陸軍第十二騎馬隊のスティーブン・フレイザー=フリー ア大尉である。海のむこうの植民地から賜暇帰国中であった。まさにその頭上 の部屋からのちほどロマンスと謎が豊かにあふれ出すことになろうとは、その 時のジェフリー・ウエストには思いも寄らなかった。なにを話そうと迷ってい るうちに、ふと霊感が訪れ、彼はカールトン・ホテルの女性に宛てた、七通の 手紙のうちの最初の一通を書きあげた。真夜中に投函した手紙は次のようなも のだった。 親愛なるグレープフルーツのお嬢さま。 あなたはとても優しい方です。また賢くもいらっしゃる。賢いと言うのは、 私のぎこちないささやかな個人広告、あそこに書かれていたことをすべて読み 取ってくださったからです。あなたはたちどころにその意味するところを理解 なさったでしょう。つまり内気な男がおずおずと、ためらいながら、そばを通 り過ぎるロマンスの裾をつかもうとしているのだと。どうぞ信じてください。 あのメッセージを書いたとき、保守主義という老人が私につきまとっていまし た。彼ははげしく抵抗しました。彼はもがき苦しみ、悲鳴をあげ、抗議の声を あげながら、郵便ポストまで私を追いかけてきました。しかし私は奴を鞭打ち ました。どうだ! とばかりに。私は彼をやっつけたのです。 青春は一度きりだ、と私は彼に言いました。それを過ぎてからロマンスに合 図を送ってもなにになる? すくなくともこの女性なら理解してくれる、私は そう言いました。彼はそれを聞いてあざ笑いました。おろかな白髪頭を振りま した。彼のせいで私が不安を感じたことは認めます。しかし今、あなたのおか げで、あなたに対する私の信念が正しかったことが証明されました。感謝の言 葉を百万回申し上げます。 三週間というもの、アメリカへの思いを募らせながら、私はこの巨大で、ぶ ざまで、冷淡な都市にいました。三週間というもの、苦悶の欄だけが私の気晴 らしでした。そこにカールトン・ホテルのレストランのドアを通って、あなた があらわれたのです。 自分のことを書かなければなりませんね。分かっています。それでは私の心 の中にあるもの……私が持っているあなたの写真のこと……はお話ししないこ とにします。そんなものはあなたにとってなんの意味もないことでしょうから。 きっと幾人ものテキサスの伊達男があなたにおなじことを言ったでしょう、月 が頭の上にかがやく晩に、そよ風がやわらかくささやくなか、あの木の枝を… …あの木……えっと、あの木の名前は…… ああ、面白くないなあ。私は知らないんですよ! テキサスに行ったことが ありませんからね。これはすぐ直さなければいけない私の悪い癖です。一日中、 私は百科辞典でテキサスを調べようと思っていたのです。しかし一日中、私は 雲の上にいました。そして雲の上に辞典はないんです。 今、私は地上に降りて、静かな自分の書斎にいます。目の前にはペンとイン クと紙があります。私は自分がお付き合いするにふさわしい人物であることを 証明しなければなりません。 部屋を見れば、そこに住む人のいろいろなことがわかる、と言いますね。と ころが、なんということでしょう、アデルフィ・テラスの……何番地かは申し ませんが……この落ち着いた部屋は家具つきの転貸用物件なのです。ですから 今、私がいるところをご覧になるとすれば、アンソニー・バーソロミューとい う人が残して行った所持品で私を判断することになるでしょう。それらの上に は埃がたくさん積もっています。そんなものでアンソニーも私も判断なさらな いでください。むしろ白髪まじりの奥さんと地下室にすんでいる管理人のウオ ルタースを判断すべきでしょう。ウオルタースはかつては庭師でした。そして 私の部屋のバルコニーが見下ろす中庭に、彼の人生のすべてが詰めこまれてい るのです。彼がそこで時間を過ごしているあいだに、上の方では隅に埃がたま るというわけです。 こんな様子にはがっかりですか? ではあなたは中庭をご覧になるべきです ! そうしたらウオルタースを非難なさったりはしないでしょう。この中庭は 我々の身近に残された天国の見本なのですから。生垣とおなじくらいイギリス 的で、こぎれいで、美しいのです。ロンドンはそのむこうのどこかにある喧騒 です。私たちの中庭と大都市の間には、永遠に閉ざされた魔法の門があります。 私がこの部屋を借りることに決めたのは中庭のせいなのです。 あなたは謎をお好みですから、私がここに来るにいたった一連の奇妙な事情 についてお話ししましょう。 その発端からお話しするには、まずインターラーケンにまで戻らなければな りません。あちらにいらっしゃったことがおありですか。あのユングフラウの 高峰を後ろにひかえ、きらきら輝く二つの湖の間に美しく横たわる、静かな小 さな町です。とある幸運なホテルの食堂からは、夕食のとき、雪をいただくユ ングフラウに、灰紫色の残光が燦めくのを見ることができます。それを見れば、 あなたもイチゴのことを「大きらい」などとは言わないでしょう。いや、他の どんな言葉も失ってしまうでしょう。 一ト月前、私はインターラーケンにいました。ある晩、夕食を終えて、大通 りをぶらぶら散歩していました。ホテルと店が一つ残らず通りに整列して、す ばらしい山を前に気をつけの姿勢で立っていました。私はある店の店先にステ ッキがまとめて置いてあるのを見つけました。登山用に一本必要でしたので、 ひとつ見ておこうと立ち止まりました。すると品定めをはじめたとたん、一人 の若いイギリス人が店にあがってきて、やはりステッキを吟味しはじめたので す。 たくさんある中から一つを選び、店主を探そうと後ろを振りむいたとき、そ のイギリス人が話しかけてきました。細身で、とても若いにもかかわらず気品 があり、お風呂で身体をぴかぴかにみがいているような様子をしていました。 私はそれこそイギリス人がエジプトやインドのような植民地で威勢を張ること を可能にしている大きな要因だと確信しています。エジプト人やインド人はそ れほどきちんとお風呂に入りませんからね。 「やあ、失礼だが、君」と彼は言いました。「その杖はやめたほうがいい。 気を悪くしないでくれたまえ。それじゃ山登りには頼りないな。僕が薦めるな ら……」 私は驚いたなんてものではありません。イギリス人を多少ともご存知なら、 彼らには、ぎりぎり差し迫った状況でも、他人に話しかける習慣がないことを 知っていらっしゃるでしょう。ところがその傲慢な種族の中には、なんと一人 だけ私のステッキの選択にいちゃもんをつける人間がいたのです。私は結局、 彼が選んだステッキを買うことになりました。そして彼は私のホテルの方向へ 一緒に歩き出しました。そのあいだ、彼のお喋りたるや、全然イギリス人らし くないのです。 私たちは遊園地に立ち寄り、音楽に耳を傾け、酒を一杯やり、子馬の背中に 何フランか金を投げてやりました。彼はホテルの玄関先の回廊までついて来て くれました。彼が立ち去る時、私を旧知の間柄のように扱うのには驚きました。 彼は次の日の朝、私を訪ねてくると言いました。 アーチボルド・エンライトというのが彼が教えてくれた名前なのですが、彼 はきっと落ちぶれた山師で、のっぴきならない事情から、なんとか金の工面を しなければならず、それでイギリス的な排他的態度を捨てることにしたのだろ うと私は決めこみました。そして次の日、金の無心をされるだろうと覚悟して いたのです。 しかし私の予想ははずれました。エンライトは金はたっぷりあるようでした。 最初の晩、私は近々ロンドンに行く予定になっていると言ったのですが、話の 途中、彼はしばしばそのことを話題にしました。インターラーケンを離れる時 が近づくと、彼は私にむかって、イギリスにいる彼の友人に会うようにほのめ かしはじめました。これまた聞いたことがない、前例のないことです。 彼は私がいとまごいを告げたとき、彼の従兄弟、英国インド陸軍第十二騎兵 隊スティーブン・フレイザー=フリーア大尉への紹介状を私に手渡したのでし た。大尉なら喜んでロンドン滞在中に便宜を図ってくれるよ、ちょうど今、賜 暇休暇の最中だろう、そうじゃないとしても君がそこに着く頃には休暇に入っ ているさ、と言うのです。 「スティーブンはいい奴だ」とエンライトは言いました。「喜んでいろいろ なことを教えてくれる。君、よろしく言っといてくれたまえ」 もちろん私は手紙を受け取りました。しかしこの一件には大いに頭を悩ませ ました。いったいアーチーはなぜ、こうも突然、私に強い親近感を抱いたのか。 また従兄弟はインドでの二年間の滞在の後、帰国して、さだめし多忙を極めて いるだろうに、なぜ私に会わせようとするのか。アーチーに執拗に口説かれ、 私は紹介状を見せるという約束をしたのですが、それにもかかわらず、私は見 せないことにしたのです。それまで多くのイギリス紳士に会いましたが、アー チーは例外としても、彼らはたかが一通の紹介状くらいで放浪の旅をするアメ リカ人を温かく迎えてくれるような連中ではないと感じていたのです。 私はゆっくり旅をつづけながらロンドンに着きました。ここで私は、船で帰 国の途につこうとしている友人に出会いました。彼は紹介状を持っていった時 の悲しい経験をいくつか話してくれました。紹介状を見せた相手の「おい、こ んなもので面倒をかけさせるなよ」という冷たい、うさん臭い目つきとか。み んな思いやりのある人なんだが、よそ者は毛ぎらいする、と彼は言いました。 イギリス人の変ることのない習性ですね。もちろんアーチーはこのかぎりでは ないのですが。 というわけで、フレイザー=フリーア大尉への紹介状は忘れることにしまし た。ここロンドンには仕事上の知人と数人のイギリス人の友達がいます。彼ら はいつもと変わらぬ、親切で魅力ある人々でした。でも、できるだけ多くの人 に会うことは、私にとっても有益です。ですから一週間くらい転々と移動を繰 り返したある日の午後、私は大尉に会いに行くことにしたのです。私は自分に こう言い聞かせました。ひょっとするとインドの巨大なかまどの中でちょっと は柔らかくなったんじゃないだろうか。当てがはずれても別に困ることはない んだし、と。 アデルフィ・テラスのこのアパートに来たのは、そのときが最初でした。ア ーチーがくれた住所というのがここだったのです。ウオルタースが中に入れて くれ、私は彼からフレイザー=フリーア大尉がまだインドから帰っていないこ とを教えられました。部屋は準備されていました。こちらでの習慣のようです が、大尉は不在の間も部屋をそのまま取っていたのです。そして、もうすぐこ ちらに来ることになっていました。たぶん妻が日にちを覚えているでしょう、 とウオルタースが言いました。彼は一階の玄関の広間に私を置いて、奥さんの ところへ訊きに行きました。 待っているあいだ、私はぶらぶらと広間の奥へ入って行きました。そして夏 を室内へ招き入れるため開け放たれた窓から、私は初めてあの中庭を、ロンド ンで私がとても気に入っているあの中庭を見たのです。ツタの這うレンガの古 壁、花咲き匂う花壇をめぐるきれいな小径、丸木の椅子、魔法の門。そのすぐ 外側に世界最大の都市がその貧困と富、悲しみと喜び、騒音と喧騒とともに横 たわっているとは、とても信じられませんでした。こここそはジェーン・オー スチンが貴婦人や洗練された紳士を住まわせた庭です。こここそ夢を見、崇め、 慈しむべき庭なのです。 ウオルタースが戻ってきて、奥さんも大尉が戻る日をはっきりとは知らない と言ったとき、私は中庭を口をきわめてほめました。すぐに私たちは友達にな りました。私はホテルから離れた静かな下宿を探していたので、二階の、ちょ うど大尉の部屋の真下に、転貸用のスイートルームがあることを知ったときは、 大喜びしました。 ウオルタースから不動産業者の住所を聞き、社長の娘に結婚を申し込んだと しても、これほどではあるまいと思える厳しい審査を受けた後、私はここに住 むことを許可されました。庭は私のものになったのです! 大尉ですか? ここに来て三日後、はじめて上の方から軍靴の音が聞こえて きました。するとまた勇気がくじけてきたのです。アーチーの紹介状は机にし まっておいて、隣人とは、上のほうで彼が歩く音を聞くだけの付き合いにした い。彼とおなじアパートに移ってきたのは、ひょっとすると礼を失した行為で はなかったかと感じました。しかしウオルタースには大尉の知り合いであると 言ってありましたので、彼はすぐさま「お友達」が無事お帰りですよ、と教え に来たのでした。 そういうわけで一週間前のある晩、度胸を決めて大尉の部屋に行ったのです。 ノックすると、入るように言われ、私は書斎で彼と対面しました。背の高い金 髪の美男子で、口ひげを生やしていました。まさしく、お嬢さん、女学生の頃 のあなたが夢見るような人物でした。態度のほうは残念ながら好意的とは言え なかったのですが。 「大尉」と私は話しはじめました。「無理やり押しかけてきて申し訳ありま せん」もちろんそんなことを言うつもりはなかったのですが、私は落ち着きを 失っていました。「しかし私は、たまたまあなたの隣人でして、それにここに あなたの従兄弟でいらっしゃるアーチボルド・エンライト氏の紹介状も持って います。インターラーケンでお会いして、とても仲のよい友達になったのです」 「ほう、ほんとうかね」と大尉。 彼は軍法会議の証拠品を受け取るように、紹介状に手を伸ばしました。私は 来なければよかったと思いながら、それを手渡しました。彼は手紙を最後まで 読みました。紹介状にしては、長い手紙でした。彼の机のそばに立って待って いるあいだ……というのは彼は座れとは言わなかったからなのですが……私は 部屋の中を見まわしました。私の書斎と大差ありませんが、ただ私の部屋より も少し埃っぽいなと思いました。三階にあるので庭からはさらに離れています。 それ故ウオルタースはそこまでめったにやって来ないのです。 大尉はこちらを振り返ると、また手紙を読みはじめました。これは決定的に 私を当惑させました。私は下をむきました。すると偶然、彼の机の上に、イン ドから持ちかえったと思われる奇妙なナイフを見つけたのです。物騒なほど鋭 利な刃は鋼鉄製で、柄は金、なにか異教的な模様が彫られていました。 そのとき大尉はアーチーの手紙から顔をあげ、冷たい視線をまともに私の上 にそそぎました。 「君」と大尉は言いました。「私の知るかぎり、アーチボルド・エンライト などという従兄弟はいないんだがね」 ああ、涙が出るほどすてきな成行きではありませんか! 相手のお母さんか ら紹介状を持ってきたというのも十分間の悪い話ですが、私はこのイギリス人 の部屋で、存在しない従兄弟からもらった、あたたかい推薦状とやらを、目の 前でずうずうしくもひけらかしてみせたのです! 「それは失礼いたしました」と私は言いました。彼とおなじように横柄にか まえようとしたのですが、十年早いというところでした。「しかし決してふざ けて手紙をお持ちしたのではないのです」 「もちろんそうでしょうな」と大尉は答えました。 「どうやらペテン師がなにかを企んでそんなものを私によこしたみたいです ね」私はつづけました。「なにを企んでいたのかは皆目見当もつきませんが」 「まったくもってお気の毒です」と彼は言いました。しかしそれをロンドン 的な抑揚をつけて言ったのです。その抑揚がはっきりほのめかしていたのは「 ちっともそうは思ってないね」ということでした。 痛々しい沈黙。大尉は手紙を返すべきだと私は思いましたが、そんなそぶり は見えません。それに、もちろん、わたしも返してくれとは言いませんでした。 「あの、では、失礼します」と言って私は急いで出て行こうとしました。 「おやすみなさい」と彼は答え、私はアーチーのいまいましい手紙を手にし て立っている大尉のもとを去ったのです。 私がアデルフィ・テラスに来たのは、以上のようなわけがあったのです。そ こに謎が含まれていることは認めて下さいますね。あの気まずい訪問の後、一 度か二度、階段で大尉とすれ違いましたが、廊下が非常に暗いのはもっけの幸 いでした。上からは彼のたてる物音がしばしば聞こえてきます。実はこれを書 いている最中も聞こえているのですよ。 アーチーとは誰か? なにをもくろんでいたのか? とにかく、私は庭を手に入れました。その点はお喋りのアーチーのおかげで す。今はほとんど真夜中です。ロンドンのざわめきは次第に静まり、今はぶつ ぶつという不平のつぶやきになりました。そしてこの焼けつく都市のかなたか ら、そよ風が吹いてきました。そのささやきが緑の草の上、壁を這うツタのあ いだ、カーテンの柔らかく薄暗いひだの中から聞こえてきます。どんなことを ささやいているのでしょうか? おそらく、この最初の手紙とともにあなたに届ける夢を。それは私でさえ、 まだささやく勇気がない夢です。 それでは、おやすみなさい。 イチゴ男 第三章 テキサスの政治家の娘は、興味津々の笑みを浮かべて、木曜日の朝、カール トン・ホテルの自室でその手紙を読んだ。イチゴ狂からの手紙が彼女の心をと らえ、ひきつけたことは確かだった。その日一日、無理やり父親をひっぱって 美術館めぐりをしながら、彼女は次の日の朝をわくわくしながら熱心に待ち望 んでいる自分に気がついた。 しかし翌朝、この奇妙な文通を取り次いでいる女中のセイディ・へイトは一 通も手紙を持ってこなかった。テキサスの娘は少々がっかりした。昼になると 彼女はお昼ご飯を食べにホテルに戻ろうと言い張った。父親が言うとおり、そ のとき彼らはカールトン・ホテルからずいぶん離れたところにいたのだけれど。 彼女の大移動は報われた。第二の手紙が待っていたのだ。読みながら彼女は息 を呑んだ。 親愛なるカールトン・ホテルのお嬢さま。 私は午前三時にこの手紙を書いています。庭のむこうのロンドンは墓場のよ うに静かです。こんな遅くに手紙に取り掛かるというのは、昨日ずっとあなた のことを考えていなかったということでも、昨夜の七時に机にむかって手紙を 書こうとしなかったということでもないのです。信じてください。私を妨害で きるとしたら、それはなにかとてつもなく驚くべき、ぞっとするような事件く らいなものです。 そして、そのとてつもなく驚くべき、ぞっとする事件が起きたのでした。 このニュースを強烈な恐ろしい一文で一気にあなたにぶつけてみたい。書こ うと思えば書けるのですよ。でもそれはあとのためにとっておきましょう。ロ ンドンの霧のように深い謎につつまれた悲劇がアデルフィ・テラスのこの静か な、小さなアパートに降りかかりました。地下の部屋ではウオルタースの家族 が打ちひしがれ、まんじりともせず、黙って座っています。部屋の外の暗い階 段からは時折、不吉な使命を帯びた男たちの足音が聞こえてきます…… いや、やはりいちばんはじめから話さなければなりません。 昨日の晩はストランド街のシンプソンズで、早めの夕ご飯を食べました。あ まりに早かったので、私のほかに客はほとんど誰もいませんでした。あなたへ の手紙で頭がいっぱいでしたので、急いで食事を済ませ、部屋に帰りました。 鍵を取り出そうとアパート前の通りに立ち、ポケットを探っていたとき、国会 議事堂の大時計が七時を打ったことをはっきりと覚えています。大きな鐘の音 が平和な大通りに、声高の、親しげな挨拶のように響き渡りました。 書斎にたどり着くと、わたしはさっそく机にむかって手紙を書きはじめまし た。頭の上ではフレイザー=フリーア大尉の動き回る音が聞こえました。夕食 に出かけるための身支度でも整えているのでしょう。一階下の粗野なアメリカ 人が六時というとんでもない時間に夕ご飯を食べたと知ったら、どんなにショ ックを受けるだろうかとニヤニヤしながら考えていたのですが、そのとき、突 然、上の部屋から客らしい人物の荒々しく断固とした声が聞こえたのです。そ れにつづく大尉の答は落ち着いていて、もっと毅然としていました。この会話 はしばらくつづき、ますます興奮したものになっていきました。なにを言って いるのか、一語も聞き取れませんでしたが、私は口論がかわされているのじゃ ないかと不安な気持ちになりました。そしてあなたへの手紙を書くという、私 にとって最も大切な仕事を、こんなふうに邪魔されることに不愉快を感じたこ とを覚えています。 五分ほど議論がつづいたあげく、今度は上から争うような、どすんどすんと いう重い音が聞こえてきました。私は大学時代、上の階の血気盛んな連中が若 げの至りで取っ組み合いをする音を聞きましたが、それを思い出しました。し かしこれはもっと凄みと緊張感があって、わたしは胸騒ぎがしました。しかし 私に関係したことではないのだからと考え直し、気持ちを手紙に集中しようと したのです。 争いはこの古アパートを土台から揺るがすような、とてつもなく重いどさっ という音とともに終わりました。私は座ったまま、なぜかとても憂鬱な気持ち で聞き耳を立てていました。なにも聞こえませんでした。外はたそがれが長く つづき、完全な闇にはなってはいません。廊下に出ると、倹約家のウオルター スはまだ明かりを灯していませんでした。誰かが階段を忍び足で降りてきまし た。しかしきしむ音でわかるのです。私は背後のドアの隙間から漏れる一条の 光の中を、彼が通りすぎるのを待ちました。その時です、運命がそよ風となっ て窓から介入してきたのは。ドアはばたんとしまり、大男は暗闇の中、私の脇 を一目散に駈け抜けて階段を下りました。彼が大男だと分かったのは、通路が 狭く、彼が横を通るとき、私を押しのけなければならなかったからです。彼が 声をひそめて毒づくのが聞こえました。 私は急いで廊下の突き当たりの、通りに面した窓から外を見ました。しかし 正面玄関は開きません。誰も出てこなかったのです。一瞬わけがわかりません でしたが、私はすぐ部屋に戻り、バルコニーへ飛び出しました。薄暗い男の影 が裏庭を……私が何度も話したあの庭を……走って行くのが見えました。男は 門を開けようともせず、よじ登って越え、路地に消えました。 私はちょっとのあいだ、考えこみました。確かになんだか変なことが起きた。 しかしここで私がしゃしゃり出ていくのはどんなものだろう。紹介状を差し出 したときのフレイザー=フリーア大尉の冷たい視線は忘れられません。彼があ の陰気な書斎に、彫像のような愛想笑いを浮かべて、身じろぎもせず立ってい る姿が目に浮かびました。今、ノコノコ入って行っても、こころよく迎えてく れるだろうか。 結局、私は、どう思われようとかまうものかと、ウオルタースを探しに下へ 行くことにしました。彼は奥さんと地下室で夕食を食べていました。私はなに が起きたかを話しました。彼は大尉に面会に来た人など通さなかったと言い、 私の心配に対してイギリス流の冷ややかな態度を取ろうとするのでした。しか し私は彼を説きつけて大尉の部屋まで一緒に行ってもらったのです。 大尉の部屋のドアは開いていました。イギリスでは侵入者は厳しく処罰され ることを思い出し、私はウオルタースを先に行かせました。古いシャンデリア のガスの火が弱々しく明滅する部屋の中に、彼は足を踏み入れました。 「大変ですよ、旦那様!」ウオルタースはこんな場面でもまだ召使いの言葉 づかいを忘れないのです。...

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This book is Harriet Beecher Stowe telling her own life story. It starts with her childhood in a strict, intellectual New England family, where she was surrounded by preachers and reformers. We follow her as she becomes a writer, a mother facing heartbreaking loss, and finally, the author of a novel that changed how America talked about slavery.

The Story

The story walks us through her entire life. We see her early years of scribbling stories, her marriage to a professor, and the chaos of raising seven children while trying to write. The heart of the book is the period when she wrote 'Uncle Tom's Cabin.' She describes the visions of enslaved people that haunted her and how she felt compelled to put their stories on paper. The book then covers the massive fame and backlash that followed, her travels, and her later years as a literary celebrity.

Why You Should Read It

I was struck by how human she is. This isn't a statue on a pedestal. We meet a woman who was exhausted, doubted herself, and grieved deeply. Her faith wasn't a simple comfort; it was a driving, sometimes difficult, force. Reading her account of writing her famous novel feels urgent and personal. You understand it came from a place of real moral anger and empathy, not just political calculation.

Final Verdict

Perfect for anyone curious about the person behind a classic. If you've ever read 'Uncle Tom's Cabin' and wondered about the author, this is your answer. It’s also great for readers who enjoy stories about resilient women, the creative process, or a firsthand look at the social turmoil before the Civil War. It’s more intimate than a standard history book.



📚 Free to Use

This content is free to share and distribute. Knowledge should be free and accessible.

William Davis
1 year ago

After finishing this book, the storytelling feels authentic and emotionally grounded. Thanks for sharing this review.

5
5 out of 5 (1 User reviews )

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